<< 2012年04月
1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30

伊藤博文著『憲法義解』の現代語訳-国民啓蒙時代が開幕する大東亜戦争終結60周年 ニュース記事に関連したブログ

2012/04/30 08:46

 

 所長の憲法の棋譜作りは遅々として進まないが、その骨格は出来つつある。肉付けのイメージも固まりつつある。しかし骨格に豊満な肉を付けて體(体)を成すには所長自身が少なくともあと500冊以上の文献を読破しなければならないがもうやだ~(悲しい顔)

 所長の蔵書には新旧無効論の解説書がある。そこには日本国憲法無効・大日本帝國憲法復原増補(改正)論に対する批判が既に掲載されている。だから所長は、今日の有効界改憲派がそれらと同じ批判を繰り返しているのを目撃すると、本当にうんざりする。彼らは新旧無効論の解説書を読んでいないだろう。

 日本国民は「国民が受け入れない、納得しない」ことを口にして法と伝統を踏みにじる曲学阿世の政治屋や学者を信用してはならないと思う方は、ブロガーへ執筆意欲を与える
一日一押人気ブログランキングをクリック願います。

法理的には承服しながら賛同を躊躇するもの

 日本国憲法の無効と帝國憲法の復原とは、本来表裏一体不可分の関係に在るにもかかわらず、相当の人々をしても、上述の如き荒唐無稽の誤謬を犯さしめる所以のものは、単なる理論的不明又は誤謬ばかりではない。そこに一つの頑強なる実際的思慮が介在しておるからである。その為に、理論的には無効と復原との不可分関係を知り、また憲法問題の筋の通った解決方法としては、帝國憲法の復原とその改正より外には道がないことも、充分に知っておりながらも、これに賛同することを躊躇することにもなるのである。

1、法理論としては其の通りなれども、実際には不適当という。これは政治家等所謂実際家ばかりではなく、外の場合は頻りに大義名分を説く人にも、又、法学者にもある。法の問題は法理の筋を通して処置することが最小限度の要件であるということ、殊に憲法問題については特にそうであるということが、政治家にとっても常識でなければならぬのに、そうでないところに、日本の政治の貧困がある。それ故に法の問題までも、好悪や利害、情実や難易やで片付けようとすることになる。

 殊に法曹や、道義論者等まで、法理の筋を通すことをせずに、情実論、便宜論を主張して怪しまぬところに、法意識の欠落を見る。法学者はひたすらに法理の筋を究明すべきである。それをどういう風に実現してゆくかは、むしろ政治家の任務である。実現はもちろん与えられたる条件に即応してなされるを要する。実現には先後あり緩急あるを要するは勿論であるけれども、法の政治は常に法理の線に沿うてなさるべきである。

2、「実際には不適当」の内容として、「国民が納得せぬ、ついて来ぬ」という意見もある。国民を啓蒙、納得させて正しき道に帰らしめるように努めることこそ、経世家の任務であるのに、国民の不明はそのままにしておいて、これに迎合し、その投票を頂戴することに狂奔するならば、それは政治屋であって、政治家ではない。正しい考えならば、国民は必ず納得する。納得せぬと思うのは、国民を侮辱するものか、自己の非力を自白するものかである。それとも納得せぬのは国民ではなくして、実は自分自身が復原の道理が充分に分かっていないことを自白するものであろう。(1959年発行/井上孚麿著/憲法研究266ページ)


 井上が
憲法研究 (1959年)を刊行してから大東亜戦争終結60周年(日ソ戦を除く)を迎えた2012年4月28日まで、53年のあいだ、政治家は国民を啓蒙できなかった。それは当然である。今日でもマスコミのほとんどは編集権-報道しない自由-を悪用し、ワシントンにおける石原慎太郎東京都知事の日本国憲法破棄宣言や、日本国憲法違憲無効・明治憲法復原論を報道しない。

新潮45今こそ国が号令をかける時 石原慎太郎vs福田和也

石原 内閣がやればいいんです。そこで瞬間的に明治憲法が蘇る。明治憲法に照らせば、占領軍が一方的に使う。国家基本法は七十三条と七十五条に照らすと現憲法は無効なんだから

 ほんの少し前インターネットが普及していなかった時には、我々国民は、マスコミが虚報の詐術(重要な事実を隠蔽し、視聴者の思考を操作すること)を繰り返していることさえ知らなかった。

 所長の座右の書である伊藤博文の著書「憲法義解」(大日本帝國憲法義解と明治皇室典範義解)は比較憲法学の成果にして歴史憲法学の結晶である。オリバー・ウェンデル・ホームズJr、ハーバート・スペンサー、ジェイムス・ブライス等々、帝國憲法義解の英訳を読んだ欧米の碩学は帝國憲法を絶賛した。

 しかし井上孚麿が亜細亜大学教授としてそれを指摘しても、井上の講義を聴き、井上の著書を読んだ法学徒の数は、ほんのごく僅かであったろう。それが我が国の人口に占める割合は限りなくゼロ%に近かったろう。

 まことに恥ずかしいことだが、所長はLEC伊藤真の司法試験対策憲法学に感激し、これを一生懸命に勉強していたときは、憲法義解も伊藤博文の座右の書
ザ・フェデラリストも全く知らなかった。

 しかしネットの普及によって国民を取り巻く情報環境は激変した。今や法曹資格の取得を目指す高校生や大学生は、憲法の勉強を開始する出発点から、無料で、今なお輝きを失わない最高の憲法学講義『憲法義解』の現代語訳を入手できるのである。

 わずかでも憲法に興味を持つ日本国民が憲法義解を熟読すれば、日本国体(国柄)の深遠と、歴史の中から国体を把握しこれを成文化する正統憲法学の真髄に触れることができ、さらに法と自由の相互関係や納税の意義、国防の本義について理解を深めることができるのである。

 今や日本国民は、GHQWGIP(日本史汚染による日本人洗脳計画)と、それを相続した左翼勢力の戦後民主主義洗脳狂育が、日本国憲法マッカーサー占領軍憲法)を光輝かせるために喧伝してきた大日本帝國憲法暗黒史観から脱却できるのである。

憲法義解』の現代語訳サイト

 オロモルフによるまえがき

 以下は、インターネットにおける論客のお一人であるHISASHIさまによる、伊藤博文著『憲法義解』(大日本帝國憲法義解)の現代語訳(口語訳)です。

 昨今、現行憲法の改正についての議論がさかんになされておりますが。
 
 現行の憲法は占領下において占領軍が策定して施行された憲法であるため、その改正の手続きや考え方につきましても、さまざまな意見があります。

 現憲法をもとにして、その一部を改正するという意見もありますし、現憲法はいったん廃止して、明治に伊藤博文らによって策定された大日本帝國憲法(通称明治憲法)を改正する形式をとるべきだ、という意見もあります。

 読売新聞の案は前者のようですし、維新政党・新風の案(当保存頁に有り)は後者の意見による案です。
 
 どのような形にせよ、日本の近代的憲法は明治憲法にはじまるのですから、これの解読は議論する人の必須と思います。

 明治憲法の解説書としてもっとも有名なのは伊藤博文による『憲法義解』ですので、これを読むことから始めるのが、憲法改正論議の正統的な方法だろうと思います。

 しかし明治の文章であるため、我々素人には読みにくく、なかなか意味がくみ取れません。
 
 そこで、HISASHIさまに、その現代語訳をお願いしましたところ、多忙な時間をさいて連載して下さいました。

 これを読んでオロモルフが感じた最大のことは、

「伊藤博文たちが、『古事記』『日本書紀』にはじまる日本の歴史古典を十二分に研究して、それらを踏まえて上で、欧米の憲法を勉強して、明治憲法をつくっている点」

でした。

 明治憲法といいますと、戦後は一般的に封建的とか軍国主義的とか、そういう話しかありませんので、本訳文はまことに啓蒙的であります。HISASHIさまに厚く御礼申し上げます。

 なお、法律の専門家である解法者氏による解説(連載中に発表されたもの)も、巻末に掲載させていただきました。解法者さまへも感謝いたします。


 オロモルフさんは、電気通信工学博士でSF作家の石原藤夫氏(異色の数学SF
宇宙船オロモルフ号の冒険軌道エレベーター―宇宙へ架ける橋 の著者)である。また解法者さんは、おそらく法科大学院の関係者で大学教授クラスの法律専門家である。

 今や、法の支配を強化し未来の日本国民に正統憲法復原能力を遺す日本国憲法無効・帝國憲法復原増補(改正)の実現(詳細は
こちら)に向けて、政治家と憲法学者と民間の有志が、井上孚麿のいう「国民を啓蒙、納得させて正しき道に帰らしめるように努めること」のできる時代が開幕したのである。

 それなのに保守を自称する有効界改憲派はそれを拒絶する。彼らは「国民が納得しない」ことを理由に旧宮家の皇室復帰を妨害し、GHQによって乱された皇室の構成と皇室典範の原状回復を妨害する女性女系天皇容認派と同じ穴のムジナである。

 いずれも、無知、偏見、誤解、そしてマスコミの煽動と洗脳効果を含む現在の国民世論に迎合し、法と伝統よりも現在の国民世論を優先し、原状回復の法理を否定して、法と伝統を踏みにじる者である。「国民が納得しない」ことを口実に法と伝統を踏みにじるために、故意に「国民を啓蒙、納得させて正しき道に帰らしめるように努めること」を怠る輩である。

 我が国はこのような連中に憲法改正という国家の一大事を委ねてはいけない


 「国民が受け入れない、納得しない」ことを口にして法と伝統を踏みにじる曲学阿世の政治屋や学者は憲法を改悪するのみである。

<おまけ、大日本帝國憲法暗黒史観を砕く選択問題>

問題1 1890年11月29日(大日本帝國憲法の施行日)から1947年5月3日(日本国憲法の施行日)までの日本國で実現しなかった政策はどれか。次の中から該当するものを選びなさい。

1、普通選挙法の制定
2、陪審制の施行
3、大政翼賛会の一党独裁
4、婦人参政権の付与

 正解は3。ワイマール憲法は国家社会主義ドイツ労働者党の一党独裁を許してしまったものの、大日本帝國憲法はソ連共産党を模倣した大政翼賛会の一党独裁を許さず、近衛新体制運動を推進していた朝日新聞出身のソ連スパイ尾崎秀実ら近衛文麿の革新幕僚(昭和研究会に参集していた共産主義者)の無法な野望を粉砕した(詳細は
近衛新体制を参照)。

問題2 伊藤博文、井上毅、金子堅太郎、伊東巳代治が大日本帝國憲法の起草のために参考にした外国の憲法はどれか。次の中から該当するものを選びなさい。

1、プロイセン憲法
2、ベルギー憲法
3、スウェーデン憲法
4、イギリス憲法
5、アメリカ憲法

 正解は
こちらです。

<関連記事>

国会が崩壊した日2010年11月29日-帝國憲法第四條の重大な意義

温故知新無効論は米占領軍に消された戦前日本人の直感

戦国武将フィギュアから家庭の守護神として大人気!凛々しい上杉謙信
戦国武将フィギュア 上杉謙信

「今こそ明治憲法学究極奥義を発動せよ!」

 

カテゴリ: その他  > レビュー    フォルダ: 大日本帝國憲法の真髄

トラックバック(0)

 

関連ニュース

日本国憲法の助産師に偽装する立憲政治の死刑執行人―大日本帝國憲法第七十五條と明治皇室典範第十九條 ニュース記事に関連したブログ

2012/04/25 07:00

 

 帝國憲法の改正という形式を採った日本国憲法の制定過程には複数の重大な瑕疵-帝國憲法違反と国際法違反-がある(詳細は占領憲法の正體を参照)。当時の昭和天皇GHQ(占領軍)に自由と憲法改正発議大権を剥奪され、天皇御自身が最後の最後まで切望された「皇室自治自律主義の存続」を図るための憲法改正の発議すら出来なくなっていた。

 日本国憲法の制定時は、帝國憲法第七十五條にある「摂政を置くの間」と同等以上の国の変局時であり非常事態であった。

枢密院帝國憲法制定会議帝國憲法草案第七十五條 憲法皇室典範は摂政を置くの間之を変更することを得ず

【枢密院帝國憲法制定会議に提出された草案第七十五條注解】

 恭て按ずるに、摂政を置くは國の変局にして其の常に非ざるなり(ヂヂトニッセン氏、白耳義憲法注釈に拠る)。故に摂政が統治権を施行すること天皇に異ならずと雖も、憲法皇室典範の何等の変更も之を摂政の断定に任ぜざるは、國家及皇室に於ける根本条則の至重なること、固より仮摂の位置の上に在り、而して天皇の外何人も変更の大権を施行すること能わざるに由る。

【枢密院帝國憲法制定会議に提出された草案第七十五條参照】

荷(オランダ)第百九十八條 摂政大政を摂するときは根本法又は継嗣の順序を変更すべからず


「摂政を置くの間」は具体的には「天皇未だ成年に達せざるとき」と「天皇久きに亘るの故障に由り大政を親らすること能わざるとき」である(明治皇室典範第十九條)。

 天皇久きに亘るの故障とは、重患彌留歳月の久しきに亘り医治の望なく、又は其の他の事故に因り、天職曠闕なるをいう(明治皇室典範義解第十九條解説)。日本国憲法の制定時は、まさに「天皇久きに亘るの故障―その他の事故(GHQの戦争犯罪)に因る天職曠闕―に由り大政を親らすること能わざるとき」であった。

 だから帝國憲法の改正=日本国憲法の制定は帝國憲法第七十五條「憲法皇室典範は摂政を置くの間之を変更することを得ず」違反なのである。

 それにもかかわらず、保守を自称する有効界改憲派の中には、有効界護憲派と一緒になって承詔必謹論という革命肯定論(違憲の憲法改廃を無効とせずに有効とすること)を振りかざし、GHQ民政局のニューディーラー(アメリカの共産主義者)たちが我が国に仕掛けた二段階革命戦術である日本国憲法を有効と強弁する者が後を絶たない。我が国の反日左翼勢力にしてみれば笑いが止まるまい

 保守派を自称する者が自ら率先して、金子堅太郎の恩師にあたるオリバー・ウェンデル・ホームズJr(ハーバード大学教授、マサチューセッツ州の大審院判事、アメリカ連邦最高裁判所判事を歴任)から「予が日本憲法を熟読するに当たり、天皇及び其の政府において保守主義を以てこの憲法を制定せられたる精神の全篇に充満するを祝賀するものなり」という賛辞を贈られた大日本帝國憲法の復原を妨害し、帝國憲法と昭和天皇を侮辱し(詳細は
昭和天皇と憲法改正-天皇の発言と憲法の効力を参照)、挙句の果てに今なお我が国の反日左翼勢力が夢想する「外観誘致による革命」を正当化している。

 彼らはGHQ製の日本国憲法が昭和天皇の裁可と「朕これを深くよろこぶ」という勅語を得たことを根拠にして、帝國憲法の改正限界を超越し且つ帝國憲法勅語および第七十三條および第七十五條に違反する日本国憲法を最高法規として有効というのである。

 このような承詔必謹論がまかり通るのであれば、日本国憲法の内容に不満を持つ日本の或る政治勢力が中国共産党人民解放軍の協力を得て日本国憲法に違反する憲法改正を強行し、暴力を用いて天皇を監禁脅迫し、天皇に違憲の憲法改正を裁可させてしまえば、この違憲の新憲法が、中国共産党人民解放軍製であり、立憲君主制自由主義議会制デモクラシーを否定するものであっても、有効になってしまう(詳細は
法戦不能に陥る日本の悲劇を参照)。

 井上孚麿の表現を借りれば、だから次から次へと様々な革命肯定論を作ってはこれを喧伝する日本国憲法有効界の連中は、日本国憲法の助産師を務めようとして日本国憲法とその第九十六条から誕生するかもしれない新憲法の殺害と、そして立憲政治の抹殺を準備している死刑執行人になっているのである。

戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」―二段階革命理論と憲法
戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」―二段階革命理論と憲法

 違憲立法は無効であるという当然かつ平凡なリーガルマインドすら欠いている連中に我が国の憲法問題を論ずる資格はない。

 

カテゴリ: 政治も  > 社会政策    フォルダ: 日本国憲法の正体

トラックバック(0)

 

関連ニュース

国民主権より古い!日英のデモクラシーの起源を語る帝國憲法第三十條-明治流憲法学奥義秘伝の原稿 ニュース記事に関連したブログ

2012/02/15 01:00

 

 本来「唯一最高無限独立」あるいは「無制限の絶対権力」を意味する主権という概念は、フランス国内の邦建勢力と、フランス国外の神聖ローマ皇帝およびローマ教皇に対するフランス王の闘争を正当化するために、1576年に、神学者のジャン・ボーダンによって作られた概念であり、主意主義神学の神概念が世俗化されたものである

 主意主義神学によれば、神は世界を超越しており、世界およびその法則は神の意志、神の恣意によって創られる。地上の主権者も法秩序を超越した存在であり、法秩序は主権者の意思、主権者の恣意によって創られるが、法秩序を超越する主権者自体はその秩序に拘束されない。神が奇蹟によって世界の法則を破るように、主権者も国家緊急権によって法を破ることができるというのである。

 要するに、主権は、唯一絶対の超越神を崇拝するユダヤ・キリスト教の世界観から16世紀のフランスに誕生した概念であり、ジャン・ボーダンはフランス王を唯一絶対の超越神に擬して君主主権論を提唱し、それから213年後の1789年に、ルソー信徒であった僧侶のシェイエスが君主主権論の「君主」を「国民」に置き換えたのである。それがシェイエスの「第三身分とは何か」が説く
革命的制憲論の正体である。

 もちろん、いずれも法の支配とも立憲政治とも全く相容れない概念である

 敗戦後の日本では、日本版フランス暴力革命を起したくてたまらない左翼系学者や、シェイエスの革命的制憲論を借りて国際法違反にして帝國憲法違反の日本国憲法の制定を正当化する違憲有効界の魑魅魍魎たちが、主権の由来と定義と沿革を説明しないまま、国民主権を美化しており、多くの日本国民は、デモクラシーがあたかも国民主権と一体不可分の関係にあるかのように錯覚している。

 しかし日英のデモクラシーの起源は、フランス国民主権より、はるかに古いのである

 国民に主の権があるとは余りに傲慢不遜な思想で、天主の怒りを招き、国家を破滅させるのみである


枢密院帝國憲法制定会議帝國憲法草案第三十條 日本臣民は相当の敬禮を守り法律の定むる所に従い請願を為すことを得

【枢密院帝國憲法制定会議に提出された草案第三十條注解】

 請願の権は至尊仁愛の至意に由り、言路を開き民情を通ずる所以なり。孝徳天皇の時に鐘を懸け櫃を設け、諫言憂訴の道を開きたまう。

 中古以後歴代の天皇朝殿において百姓の申文を読ませ、大臣納言の補佐に依り親しく之を聴断したまう(嵯峨天皇以後此事廃れたり。愚管抄)。建武中興の時、後醍醐天皇の聴断所を設置したまえるは即ち旧制を詔述したまわんとなり。

 旁ら之を各国の史乗に参考するに、古昔明良の君主は皆言路を洞通(註、貫き通すという意味)し、冤屈(註、えんくつ、無実の罪、うらみ、不平不満という意味)を伸疏(註、疏は書き記すという意味)することを力めざるはあらず。蓋し議会未だ設けず、裁判聴訟の法未だ備わらざるの時に当て、民言を容納し民情を疏通するは、独り君主仁慈の懿徳たるのみならず、又政事上衆思を集め鴻益(註、鴻は大きな水鳥、大きい、強い、帝王の、という意味)を広むるの必要に出でる者なり。

 今は諸般の機関既に漸くに整備に就き、公議輿論の府一定の所あらんとす。而して猶臣民請願の権を存し、匹夫匹婦疾苦の訴と父老献芹(註、けんきん、物を人に贈るときの謙辞)の微衷(註、びちゅう、真心の謙称とをして、九重の上に洞達し、阻障する所なきを得せしむ。

 これ憲法の民権を貴重し民生を愛護し、一の遺漏なきを以て終局の目的と為すに由る。而して政事上の徳義これに至て太醇至厚なりと謂うことを得べし。但し請願者は正当の敬禮を守るべく、憲法上の権利を濫用して以て至尊を干涜し、又は他人の隠私を摘発して徒に讒誣を長ずるが如きは、徳義上のもっとも戒慎すべき所にして、而して法律を以て其の制限を設けたるは又やむを得ざる者なり。

(附記)欧州において請願の権は君主に捧進するに始まり、而して推広して議院及官衙に呈出するに及ぶ。英國の人民君主に誓願するの権利は、既に西暦一四〇〇年代に創見す。千六百八十八年全國人民の代議士よりオレンジ王維廉に呈するの約款第五に云う、凡そ人民は君主に請願するの権利あり、故に君主の哀訴したるの故を以て繋獄するは違法とす。これ乃専ら君主に誓願するの権を謂う者なり。其の後人民の請願する者は多く議院に向て呈出し、彼の千七百八十四年において著名なる売奴廃止の議決の如きは、即ち十年の間二万の請願に由て成果を得たる者なり。

 普國においては其の憲法第三十二條を解く者の説に曰く、請願の権は分て二様とす。其の一は既に行える処分の廃止を望む者(ペシエルデ)、其の二は将来の為に改正又は予防を望む者とす(ペチシオン)。而して甲は大抵君主又は行政官衙に奉進し、乙は議院に呈出するを常とするも、また法律上互いに設けざるなりと(リオンネ氏に拠る)。

 葡萄牙憲法第百四十五條第二十八項は更に左の正文を掲げて之を詳言したり。曰く、凡そ以て哀請(レクレラマシオン)即ち哀請(プレイント)及請願(ペチシオン)を立法権又は行政権に呈出することを得、と。

 請願の種類に就いては仏國バンジヤマン、コンスタン氏の議院における演説もっとも精確に近きを以て、ここに之を引用して以て参考に充つべし。曰く、請願は分けて五種とす。一に曰く、地方の利益に関る請願。二に曰く、各人の利益に関る請願。三に曰く、収税の苛酷、官吏の専横を訴るの請願。四に曰く、國の公益に関る建言。五に曰く、賛頌慶祝の建言、是れなり、と。

【枢密院帝國憲法制定会議に提出された草案第三十條参照】

仏(フランス千七百九十一年)第一篇各個に署名したる請願を官府に進むるの自由

仏(フランス千七百九十五年)第二篇第三百六十四條 凡そ國民は官府に向て請願を進むるの自由を有す。但し各個人の名を以てせざるべからず。一の官衙にして其の固有の事件に係るを除く外官社として連合の請願を進むることを得ず。請願者は官府に対して敬礼を失うべからず。

葡(ポルトガル)第百四十五條第二十八項 凡そ國民は文書を以て訴告訴願請願を立法権及行政権に進むることを得。又憲法に背ける罪を当該権に告発し該犯者をして其の責に任ぜしめんことを請求することを得。

白(ベルギー)第二十一條 各人は当該官府に向て一人若は数人の署名を以て請願を進むるの権を有す。連衆一名の請願を進むるの権の有するは独り団体に限る(荷第九條、墺國民権憲法第十一條、粗同)

普(プロイセン)第三十二條 凡そ普魯西人は請願の権を有す○総代を以て呈出する請願は官庁及団体の外は之を許さず。

瑞西スイス千八百四十八年)第四十七條 請願の権は保固とす。

西(スペイン千八百三十七年)第三條 凡そ西班牙人は法律に定めたる規程に循い國会又は國王に請願を呈するの権を有す

米(アメリカ)補正第一條 議院は擅(ほしいまま)に法度を立て宗旨を定め或は宗旨の自由を禁じ演説或は出版の自由を奪い又は人民の静穏に集会し及痛苦を伸る為に政府に請願するの権利を制縛すべからず。

 人民帝王に請願するの権利は、蓋し、英國千六百八十八年二月十三日同國の貴族僧侶及人民の代議士「オレンジ」王「ウイリアム」ならびに王后「メレー」両陛下に奉呈して定むる所の法章にもとづき、而して各國これに倣う者なり。

 其の法章に第曰く、第二篇二條、英國臣民は請願の権利あり、又曰く、請願者を罰するの禁獄及処刑は総て不法とす、と。

 

 
【自由民権運動を代表する交詢社系の明治十四年郵便報知新聞社説-私考憲法草案(カッコ内は交詢社の私擬憲法案)】 

第六十九條 日本國民は兵器を携えず、國安を擾るの挙動あるにあらずんば、衆人相集会し又は結社同盟するの権を有す。(第七十一條 日本国民は兵器を携ずして静穏に集会し又其の疾苦を政府に訴うるの権を有す)

第七十條 日本國民は其の利害疾苦を政府に歎訴するの権を有す。


 草案第三十條は、枢密院の審議によって、「日本臣民は相当の敬禮を守り別に定むる所の規程に従い請願を為すことを得」に修正された。この修正案が明治天皇の御裁可を得て帝國憲法第三十條となった。大日本帝國憲法義解第三十條は「別に定むる所の規程」を「法律・命令又は議院規則に依る規程」と解説している。

 枢密院の審議では、河野敏鎌が「我が国においては二千有余年来、人民が朝家へ対して不敬の所行ありたる事かつて之なし」と断じ、また「瑣末の体裁にかかわらず聴納あらせらるるは、実に天子の明徳なり」と聖賢の道と政治の理想を語り、情理を尽くして敬礼強要の不当を難じ、河野の意見に賛同した鳥尾小彌太ともども「相当の敬礼」の削除を主張した。

 これに対し伊藤博文は、「世間もとより大人君子のみなるべからず、既に今日に在つてすら不敬の請願を出せる例を欠かず、今日政府なり宮内省なりへ呈出する所の書面にして敬礼を欠くものまた少なしとせず、もっともその敬を欠くは悉く悪意に出る者のみにあらず」と現実の事情を説明した。

 また伊藤は、プロイセン国王の手許に出される請願が年々平均三万通に達し、不敬に渉るものの外は一通たりとも答えざるものがないこと紹介し、「相当の敬礼」は贅言(余分な言葉)ではないことを証明し、河野と鳥尾に対して、「誓願の書面の不敬に渉るは、其の書面を暖炉に投ぜらるるを請願書において最初より覚悟せざるべからず」と反駁したのであった。

 我が日本国のデモクラシー(大衆参加政治)の起源は鐘櫃の制である。西暦645年8月5日、孝徳天皇(第三十六代)は、鐘と櫃を設けて詔し、

「もし訴えごとある人が伴造(とものみやつこ)に訴えたら、伴造はまずよく調べて奏上せよ。尊長(ひとごのかみ、一族の首長)の場合は、その尊長がまずよく調べて奏上せよ。

 もし伴造や尊長がその訴えを審らかにしないで、牒(ふみ)を櫃(ひつ)に収めただけであれば、その罪を処罰される。収牒の任にあたる者は、夜明けに牒を取って内裏へ奏上せよ、自分は年月を記して群卿(まえつきみ)に示そう。

 もし怠って審理せず、あるいはえこひいきして曲げる者があれば、訴えの者は鐘(かね)を撞くがよい。このため朝廷に鐘と櫃を設けておく。天下の人民は自分の意を知ってほしい(中略)」

といわれた(日本書紀162ページ)。

 イギリス庶民院の起源は、孝徳天皇による鐘櫃の制の設置から620年後の1265年に、イングランドの貴族シモン・ド・モンフォール(第6代レスター伯)が召集した議会である。

 シモンはヘンリー3世が失政を続けるのを見て、ヘンリー3世に反発する貴族を糾合して挙兵し、1258年に王権制限と貴族による国政監督組織を作ることを定めたオックスフォード条項を認めさせた。

 しかし1261年、力を盛り返したヘンリー3世がこの条例を一方的に破棄して再び王権強化を図ったため、1263年にシモンは再び挙兵(第2次バロン戦争)して、1265年にはヘンリー3世とその弟コーンウォール伯リチャードを捕らえて戦いに勝利し(
シモン・ド・モンフォールの乱)、イングランドの実権を握るにいたった。

 そしてシモンは各州を代表する2名の騎士と各特権都市を代表する2名の市民(ブルジョワ)から構成される議会を召集して政治改革を行なおうとしたのである。これが、現在におけるイギリス議会の基礎となったのである。

 しかしシモンが召集した議会は寄せ集めに過ぎず、貴族の一部からシモンに権力が集中することを恐れた一派がヘンリー3世の子・エドワード1世と通じて反乱を起こしたため、シモンはこの鎮圧に向かったが、エドワード1世の反撃を受けて戦死した。

 それから30年後の1295年にエドワード1世がシモンの方式を採り入れて議会を召集し、これが「模範議会」となったのである。

 当初は庶民(Commoner貴族にあらざる者)は貴族たちと一緒に会議を開いていたが、貴族の前では自由に発言しづらかったため、14世紀エドワード3世の代に、本会議から分かれて協議をするようになり、その後、国王と貴族が待つ本会議へ一同出向き、議長が代表して庶民の決議を伝えた。

 ここにイギリス議会は貴族院と庶民院に分離した。イギリス庶民院の独立から約200年後にジャンボーダンが主権なる概念を提唱をしたのである。従って議会制デモクラシーは国民主権と無関係である。

<参考>

ジャン・ボダンと危機の時代のフランス

日本憲法思想史

正統の哲学 異端の思想―「人権」「平等」「民主」の禍毒

新版イギリス憲政論

・西洋史の理解に欠かせない聖書を読みとく―天地創造からバベルの塔まで
 

カテゴリ: 政治も  > 社会政策    フォルダ: 大日本帝國憲法の真髄

トラックバック(0)

 

関連ニュース

中国農村の悲劇!日本の江戸時代にあった農村デモクラシー

2012/02/15 00:00

 

 2012年1月16日、RFA中国語版(前編、後編)は、親子二代が村書記として「支配」する福建省福州市倉山区嶼宅村について報じた。村書記は前科者を集めた「護村隊」を組織し、従わない村民たちに暴力を振るっているという。昨年末、広東省陸豊市烏坎村が世界的な注目を集めた。

「烏坎に続け」 視察相次ぐ 中国「腐敗糾弾の村」 東京新聞、2012年1月22日

<烏坎村事件>

 昨年9月、村トップの共産党村支部書記が公有の土地使用権を勝手に売買し、その売却益の着服に怒った住民が抗議デモを決行。自治組織をつくって上部機関の広東省政府に調査を求め続けたが、昨年12月に自治組織の中心人物が警察当局の取り調べ中に急死。その後、抗議活動が激化したため、省政府はようやく村民の要求を受け入れ、村幹部の更迭など異例の決定を下した。


 村書記を追い出した村民たちが選挙で新たな書記を選んだこと、そして広東省政府が最終的には村民たちの要求を受け入れ、村民たちが選出したリーダーを書記として認めたという画期的な事件となった。あるいは烏坎村モデルが中国全土に広がることで、基層社会における民主選挙が導入されるのではとの期待も高まっているという。

 追放された村書記は、文化大革命末期の1972年から40年間にわたり村政府のトップの座を占めており、村の共有地を勝手に売り飛ばしてはその代金を懐に入れるという暴政を続けていたという。

 この村書記の「暴政」つまり共有地の勝手な売却と横領は、中国全土に蔓延する汚職腐敗であり、中国政府にとって頭の痛い問題である。昨年11月、人民日報は「幹部と群衆関係に信頼の礎を築け」という社社説を掲載している。その内容は「基層幹部は会統治の最前線であり、直接大衆と向き合っている。実質上共産党と政府のスポークスマンであり、その能力と態度が現地大衆の党の評価に影響する」というものである。

 村の支配者が暴政を振るう中で、 村レベルの民主制の拡大は既に現実的な政治課題となっているが、農村基層社会における民主選挙の導入は、中国共産党にとって、思わぬ副作用を生む危険性もあることから、なかなかタイムスケジュールに上がらない

 翻って我が日本国では、江戸時代に、朝廷(天皇)と幕府(将軍)の間では権威と権力が分立均衡し、幕府と藩の間では邦建制の必然として権力が分散制限され(これが自由を生む)、藩の領内では年貢の請負制度によって農村の自治組織が確立した。

 農民の代表として自治農村の広範多岐にわたる村政を担当した村役人が村方三役-名主(関西では庄屋)・組頭(名主の補佐役、関西では年寄もしくは脇百姓)・百姓代(長百姓)-であった。

 村長である名主は江戸時代初期から存在したが、百姓代の成立は最も遅く、名主と組頭の不正追及に端を発した村方騒動を背景に登場し、一般農民層を代表して名主、組頭の行う村政の監査役を務めた。

 村方三役は江戸時代中期以降に成立し、村方三役の選出は村内で百姓の入札(投票)、協議、推薦によって実施され、幕藩領主はそれを認定するのみであり、原則として村役人の選出に介入しなかったのである

 物狂いじみた読書家であり歴史家であった石原莞爾は「自由主義は日本民族の最も愛好するところであり、封建時代の日本民族は恐らく欧州の何れの国民よりも多くの自由を享受していたものと思う」と人類後史への出発の中に書いている。

 それを裏付けるように、法学徒および歴史学徒にとって必読箇所である
ツュンベリーの江戸参府随行記第五章の「日本および日本人」は次のように記している。

 自由は日本人の生命である。それは我儘や放縦へと流れることなく、法律に準拠した自由である。法律はきわめて厳しく、一般の日本人は専制政治下における奴隷そのものであると信じられてきたようである。しかし作男は自分の主人に一年間雇われているだけで奴隷ではない。またもっと厳しい状況にある武士は、自分の上司の命令に服従しなければならないが、一定期間、たいていは何年かを勤めるのであり、従って奴隷ではない。

 日本人はオランダ人の非人間的な奴隷売買や不当な奴隷の扱いをきらい、憎悪を抱いている。身分の高低を問わず、法律によって自由と権利は守られており、しかもその法律の異常なまでの厳しさとその正しい履行は、各人を自分にふさわしい領域に留めている。

 この広範なる全インドで、この国ほど外国人に関して自国の自由を守っている国はないし、他国からの侵害、詐欺、圧迫、暴力のない国もない。この点に関し、日本人が講じた措置は、地球上にその例を見ない


 江戸時代の日本には、同時代の欧州諸国以上の自由があり、現代の中国にない農村基層社会における民主選挙があったのである。

 つまり共産中国のデモクラシーは、中共人民解放軍公式戦史が軍国主義の時代と批判する日本の江戸時代の農村デモクラシーにさえ到達していない。これが中国の現状である。

 しかるに戦後日本の各界に跳梁跋扈したいわゆる進歩的文化人や全共闘世代の左翼人は、事あるごとに共産中国を礼賛し、我が国の歴史を侮辱し、ソ連や共産中国を日本国内に誘致して、彼等には「遅れている暗い国」に見えた日本国を、彼等には「進んでいる明るい国」に見えたソ連や共産中国のような左翼全体主義国家に変えてもらおうと企んだのである。

本当の中国を知っていますか? 農村、エイズ、環境、司法
本当の中国を知っていますか? ――農村、エイズ、環境、司法

 多くの日本国民を騙しているマルクス主義者の空想的江戸期貧農史観を見直すを読みましょう。

 

 多くの日本国民を騙したマルクス主義者の実態を暴露する革新幻想の戦後史を家庭教育に取り入れましょう。

 

カテゴリ: その他  > レビュー    フォルダ: 憲政史の真相

トラックバック(0)

自主憲法制定論の欺瞞-法の支配を否定する違憲有効界改憲派の産経新聞 ニュース記事に関連したブログ

2012/02/12 19:56

 

 南出喜久治弁護士のとこしへのみよを読み終えた者は、大日本帝國憲法の改正という形式を装った暴力団GHQ日本国憲法の制定が国際法違反にして帝國憲法違反であったことを理解できる。

 しかし読者の中には、日本国憲法が違憲無効であるとして、なぜ我が国は帝國憲法の復原(原状回復)を行わなければならないのか、何故ゼロから全く新しい自主憲法を制定してはいけないのか、という疑問を抱く方がいるかもしれない。

 日本国憲法が日本国の最高法規として無効であるなら、日本の最高法規の地位にある正統憲法は帝國憲法以外にない。従って帝國憲法の復原が法理の筋道なのだが、なかなか今ひとつピンと来ない方のために、日本国憲法の制定過程に一つの瑕疵もなく、日本国憲法の制定が帝國憲法に照らして合憲にして有効であり、日本国憲法が我が国の最高法規の地位にある紛うことなき正統憲法であると仮定してみよう

 次にこの日本国憲法の内容に不満を抱く政治勢力が、日本国憲法第96条に違反する憲法改正を強行し、改正憲法Aを施行したとしよう。

 この改正憲法Aの施行は日本国憲法第96条違反であるから、改正憲法Aは当然無効である。これに疑問を抱く方はいないだろう。しかしここから日本国憲法の復原が行われずに、ゼロから全く新しい自主憲法Bが制定されることになったら、正統憲法であるはずの日本国憲法は違憲の改正憲法Aとともに失効してしまうことになる

 こんなことが罷り通るなら、あらゆる正統憲法は、この憲法の内容に不満を抱いて敢えて違憲の憲法改正を犯す政治勢力によって、次から次へアッサリと殺され、日本の立憲政治は全く機能しなくなる。

 全く新しい自主憲法Bが超硬性(厳重な憲法改正要件を持ち極めて改正し難い)の正統憲法となったところで、それは全く無意味である。今度は自主憲法Bの内容に不満を抱く政治勢力が自主憲法Bに違反する憲法改正を強行し、改正憲法Cを施行したら、違憲の改正憲法Cは無効だが、またゼロから全く新しい自主憲法Dが制定されることになり、同時に自主憲法Bは失効することになる。

 ここで日本国憲法の復原を拒否して自主憲法Bの制定を行った者および自主憲法Bを支持する者は、自主憲法Bの復原を主張することは出来ない。この自主憲法Bは前正統憲法たる日本国憲法の復原拒否の上に成り立つからである。

 たとえ彼等が正統なる自主憲法Bの復原を主張したところで、「お前が言うな!!」という非難の大合唱を浴びて、全く説得力を持ち得ない。正統憲法の復原を拒否した者、復原拒否を肯定した者が、どうして正統憲法の復原を他人に快諾させることが出来るのか。

 ここで我々が忘れてはいけない歴史上の有名人物が石原莞爾である。支那事変勃発以後、石原は参謀本部作戦部長として、関東軍参謀副長として、京都第十六師団長として、支那事変の不拡大早期和平と対米英開戦の不可を唱え続けたが、全く戦争拡大派を折伏できずに陸軍内で孤立し、遂に昭和十六年三月一日、陸軍内の統制秩序の回復を掲げる東條陸相によって予備役に編入されてしまった。

 自己の信念を貫いて政府と軍部の不拡大方針を無視し満洲の広野に戦闘を拡大した張本人の石原莞爾が、支那事変を拡大する統制派革新幕僚に対して、どんなに戦争の不拡大を提唱しても、まるで説得力を持ち得ず、石原は自分が生み出した満州国を滅亡から救い出せなかった。

 関東軍が軍事作戦を発動するための正しい法的な手続き、大日本帝國が軍事力を行使するための適法過程を無視して満州事変を惹起し拡大した石原の行動が、ギロチンブーメランとなって石原自身に跳ね返り、石原の優れた諸構想を斬殺してしまったのである。

 日本国憲法無効・自主憲法制定論者は、帝国憲法に拠り違憲の日本国憲法を無効と主張しながら、その後に、自ら帝國憲法の規定する憲法改正の手続きを無視して、ゼロから全く新しい自主憲法を制定し、帝國憲法を廃止しようとするのだから、これは革命(違憲の憲法改正あるいは違憲の憲法廃止あるいは違憲の新憲法制定を無効とせずに有効とすること)である。

 立憲主義の敵である革命肯定論に支えられる全く新しい自主憲法とそれを支持する者は、革命に対して法理的に抵抗できない。さらなる革命を招くのみである。自主憲法は帝國憲法と同じ悲運を免れず、哀れな末路を辿るだろう

 結局のところ帝國憲法の復原を拒否する日本国憲法無効・自主憲法制定論は、占領、内乱、クーデターといった違法な武力(暴力)による憲法の改廃から、正統憲法を守り抜く法戦能力-正統憲法復原能力-を我が国から剥奪してしまうのである

 しかも我が国がゼロから全く新しい自主憲法を制定する場合、保守勢力は新自主憲法の内容のみならず、その制定の手続きを巡って革新(左翼)勢力と争わなければならない。このとき如何なる憲法制定の手続きが正当で適法であるか不当で違法であるか不明となるため、最悪の場合、日本は国際内戦に巻き込まれる可能性も否定できない。 

 将来の見通し-法理の筋を通し法の支配を貫く外なし(井上孚麿著現憲法無効論-憲法恢弘の法理312~314ページ)。

 法の復原の道理が、実定法の世界において如法に行われて、有効僭称の偽法が亡びて、有効正統の法が、その固有の地位に復帰すれば、無難に事が治まり、それによって万事綺麗さっぱりと後腐れなく片付いてしまうのであるけれど、この真偽正閏の紛更が、法域の外まで持ち越されると、それがいつまで錯綜纏綿し、いつまでも尾を曳いて終期がないのである。

 無法は無法を、無理は無理を呼ぶ。暴力は暴力を招き、血は血を呼ぶ。一の革命、一のクーデターは、他の革命、他のクーデターを招く。次々に連鎖反応を捲き起こし、永劫輪廻の無間地獄を脱却することは出来なくなる。

 無政府的混乱と独裁専制との交替継起は、その必然の運命である。それのみではない、虎視眈々と併呑の爪牙を研いでいる列強の餌食となり続けるとも限らないのである。かうなっては、国家の統一も民族の独立も、国民の自由も、基本的人権も、生活の安定も、安寧秩序も、全くの夢と化し去る外はないのである。

 それもつまりは、その当初において、一度復原の機会を逸したことにその原因があることを知らなければならない。一時の無自覚・偸安(とうあん、一時の安楽を求めること、一時しのぎ)又は怯惰が、永久の不幸の種子となるのである。

 これに反して、たとひ一旦は無理無法に憲法の廃立が行われたとしても、過つては改むるに憚ることなく、これを不法不当であるとする認定が実際に力を得て、この不法不当なものを排除し、前に不法不当に排除された正統な旧法の原状恢復(復原)に成功するならば、容易に右のような流転輪廻の悪循環を断ち切って、劫罰の修羅場から脱却することが出来るのである。これは法理の当然の帰結であるし、従ってまた古今東西の歴史の明証する所でもある。

 大革命以来、連綿不断に革命やクーデターを繰り返しつつ、不当の国勢不振に悩まされているフランスと、クロムウェルによる憲法変革を無効のものとして、旧法の復原を断行することによって、正統憲法の権威を恢弘し、これによって個人の自由と国家の統一とを両立させ、名実共に憲法政治の模範国となりつつイギリスとは、好個の対照をなすといってよい。

 日本はそのどちらの道を選ぼうとするか(イギリスの憲法復原については、
憲法研究238、248、252、311ページ参照)
 


 哲学とは、世界や人間についての根本原理を追求する学問である。法の根本原理を追究し続けた井上孚麿は立派な哲学者である。

 井上は、世界史から事後救済の法理の実践が国家の正統憲法復原力を高め、法の支配を強化することを発見し、歌人としてそれを「いくそたび かき濁しても 澄みかへる 水や御國の 姿なるらむ」と表現した(詳細は
こちらの記事)。

 この歌には、後世の日本の法学徒が正統憲法復原の道理を理解し実行し、せめて日本国内だけなりとも法の支配を確立してほしいとのの切なる希望が託されている。

家庭の守護神として大人気!戦国武将フィギュア上杉謙信
戦国武将フィギュア 上杉謙信
「ものども、天晴れな勇者、井上孚麿に続け!今こそ違憲有効界の魑魅魍魎どもを薙ぎ払い、マッカーサー占領軍憲法体制を打ち倒せ!」

 

カテゴリ: 政治も  > 社会政策    フォルダ: 憲政史の真相

トラックバック(0)

 

関連ニュース

稲田朋美の正論!衆参自民党の両エースが日本国憲法無効論者になった ニュース記事に関連したブログ

2012/02/12 19:00

 

 大日本帝國の憲法学会を代表する憲法家の一人であった井上孚麿(たかまろ)は、宮沢俊義の八月革命(すでに恥かき革命説であるが)を戦後憲法学の通説にした違憲有効界の魑魅魍魎たちに屈することなく、日本国憲法無効・大日本帝國憲法復原増補(改正)論を唱え続けた。

 そして南出喜久治弁護士が井上孚麿の衣鉢を継ぎ、従来の無効論に、さらに詳細な無効事由と、帝國憲法復原の具体的方法と日本国憲法下で成立した法令の安定性を維持する緻密な法理論を加えて、
新無効論を完成させた。

 2011年11月16日、参議院自民党エースである西田昌司議員の紹介により、日本の戦後史上初めて、日本国憲法の無効請願が国会に受理された。さらに衆議院自民党エースである稲田朋美議員が正々堂々と日本国憲法の無効を公言した

 日本国憲法無効論は衆参自民党のエースの支持を得るに至った。稲田朋美議員の憲法論にはまだ不徹底な部分があるとはいえ、所長は微力ながら、2001年の東亜連盟戦史研究所の開設以来(日本戦史研究所か大東亜戦争研究所と名づければ良かったと後悔しているもうやだ~(悲しい顔))、日本国憲法無効・大日本帝國憲法復原増補(改正)論を唱え続けてきた者として、まことに感慨深い。

平成24年 稲田朋美年賀会ご挨拶

1月8日、福井にて年賀会を開かせて頂きました。その際のご挨拶です。

 TPPもマニフェストにはありませんでした。TPPというのは単に関税を下げるとかいう問題ではありません。国柄を変えるかどうかの問題なのです。そしてこれもまた民主主義の危機の問題でもあります。日本の国会で決めた法律や規制がグローバリズムに反するといってアメリカから国際裁判所に提訴されるということは日本の立法権、司法権の侵害になり、日本の民主主義の否定につながるからです。

 しかし、野田総理はすでにTPP交渉に参加することを国際社会で表明しています。TPPに参加するなら覚悟が必要です。TPPの前提は自主防衛です。自主防衛ができる国でなければ真の外交交渉はできません。

 昨年8月、私は韓国に入国しようとして拒否されました。不当かつ非礼な行為です。友好国の政治家が正当な目的で、正式に入国手続きをしようとして拒否されたのですから。なぜ韓国は私たちの入国を拒否したのか。私たちが竹島を日本の領土と主張する日本の政治家だからです。

 つい最近、韓国は、日本の外務省を通じて今後、私たちが政治目的でなく入国するときには入国を許可しますといってきました。失礼な話です。政治家が公務で外国を訪問するのは「政治目的」以外にありません。韓流スターに会いに行くなら入れてくれるとでもいうのでしょうか?

 北方領土も同じです。ロシアのプーチンさんは、北方領土は第二次世界大戦の結果であって交渉の余地はないといっています。ロシアに北方領土の領有を主張する一片の正義もありません。

 尖閣もそうです。中国は尖閣を自分の領土と思い違いをしているのではなく、日本の領土と百も承知で取りに来ているのです。北朝鮮はわが国同胞を多数拉致して返そうともしない、ならず者国家です。

 このような国々に囲まれているのが日本だという認識をもたなければなりません。ところが、わが国の憲法の前文には、わが国の安全と存立を諸外国の信義と公正にゆだねると書いてあります。欺瞞であり、まやかしです。戦後日本の閉塞感の真因はこの自己欺瞞にあります。この憲法を変えなければ、日本は独立国になれず、TPPに参加してもアメリカにいいようにされるだけです。

 このまやかしに、見て見ぬふりをしてきたのが自民党政治でした。ずっと、無効の憲法を押し戴いて国ごっこをして、経済優先でのみ政治をしてきたのです。すべてが経済優先、物質的生活のため、お金のため、票のために正しい政治をしてこなかった。民主党デタラメ政治を生んだのは自民党なのです。そのことをわが党は反省し、変わらなければなりません。

 結局今の閉塞感はすべてまやかしが原因なのです。見て見ぬふりをし続けて65年、正義も勇気もありません。すべてが、経済、お金です。日本を救うのは、この欺瞞を打破することでしかありえません。正しいことをみんながすることです。

 まず政治家が正しいことをしなければなりません。何のために政治をやっているのか。お金のためでも、票のためでも、次の選挙のためでも、自分が政治家でありつづけるためでもなく、正しいをことする勇気を政治家が持たなければなりません。


 所長は、もともと伊藤真の司法試験対策憲法学に感激した阿呆な法学徒であったが、戦史を執筆するために、近衛新体制運動と帝國憲法を調べるうちに、自ずと日本国憲法無効・帝國憲法改正論者になった。

 最近は、我が国の独立と生存と光栄を侵さず、日本国民を周辺諸国に媚び諂う卑屈な反日的日本人に転落させない形の平和主義条項を、第七十七條として帝國憲法に増補するだけで充分であると強く思う。

 同時に「一般的に法理論は徹底すればする程、人心を帰一融合せしむるものである」という以下の井上孚麿の現憲法無効論-憲法恢弘の法理が法学の真理であると深く確信する。

 無効復原は実現困難であるから現憲法を漸次改正して行って最後に現憲法を打倒するがよいという説は果たして妥当か-否

 第四篇第四節において、各種の復原についての懸念は、いづれも杞憂に過ぎ、それらはすべて誤解に基づくことを明らかにしたのであるが、この復原は困難であるから、復原を断念して、漸次日本国憲法の改正を行っていき、最後に不法不当の日本国憲法を打倒すべきであるという復原困難説(又は復原不可能説)は、一応は無効復原を法理上正しいとし、日本国憲法はどうしても打倒しなければならないとしている所に、諸種の杞憂とは全く趣を異にする特色があるのである。

 しかし、これは矛盾も甚だしい妄論と評する外はない。法の問題は「法理の筋を通して」処置するのが最小限度の要件であるのに、その最小限度の要件たる法理の筋を通すことを捨ててしまって、自らが打倒しなければならないと信じている日本国憲法を改正することによって、(これは日本国憲法有効論に屈服したことである)その日本国憲法を打倒しようとするのであるから、全く支離滅裂の論という外はない

 一般的に、法理論は徹底すればする程、人心を帰一融合せしめるものであるが、政治論は多々益々対立抗争を激化せしめる性質を有するものである。殊に憲法は法中の法であるから、常に法理論が好悪論や得失論や便宜論に先行する必要がある。

 にもかかわらず、法学者が法理論を捨てて便宜論を最優先的に考えるとは。これでは日本国憲法打倒どころではなく、多々益々対立抗争を激化して、収拾するところを知らず、しまいには自らが打倒されてしまう惧れがある。否々、既にこの説そのものが自己抹殺の論なのである(中略)。

 復原の実現はもちろん与えられた条件に即応してなされるべきであり、そして実現には先後があり、緩急があるべきであるけれども、法の政治は常に法理の線に沿ってなされるべきである。

 その法理をひたすらに究明するのが法学者の任務であるはずなのに、殊に、いわゆる国体学講明を以て任ずる学者が、法統の継続によってこそ国体を守るべきであるのに、その正統の法理を捨てて国体毀損の「日本国憲法」の有効説に屈服し、その逐次的改正によって最後はそれを打倒するというようなことを真面目に説くというのは、矛盾も甚だしいもの、自己扼殺の暴論というほかはない

 或る者はいう。改正論・廃棄論・復原論等々を唱道する(先頭に立って主張する)のは学者かその仲間であるが、時の国会が実際には決定するので、その時の国会の多数決によって、「改正」か「破棄」か「復原」か、いづれともなる道理で、現在それらを唱道している者が直ちに決定するわけではない。
 
 自分は「改正」が正当だと信じてはいるが、日本国憲法打倒の一大目的の為には、それを固執する意思はない。改正論も破棄論も、有効論も失効論も、自主制定論も復原論も、すべてを活かしつつ、それらが悉く一致団結して、「日本国憲法打倒」を期すべきである、と。

 これは全く呆れ果てた支離滅裂の妄論と評する外はない。従来繰り返し説いたように、これらの諸論(失効論・復原論を除いて)はいづれも憲法論として失格者であり、しかも不倶戴天の仇敵関係にあるものであるから、「すべてを活かして」などということは夢にもならぬ妄想にすぎない。大同団結など全く企てて出来ることではない。

 これらが一堂に会して理論的争闘を繰り返し、その結果法理の正しきに復帰することを期すべきであるというなら話は分かるが、無効復原よりもこの方が容易であると考えて、右のような途方もないことを説くとは、分裂症を思わせるに充分である。

 「実際には不適当」とか「困難」とか、「とても国民が納得しない、ついて来ない」というのは、自らの学者的不明と無節操とを表白することであるし、また国民を軽蔑するというべく、結局は自己の非力と怯惰を自白するものであり、更には法理そのものを冒涜し、憲法無視の罪を犯すことになることを反省しなければならない(現憲法無効論-憲法恢弘の法理314~317ページ)。


 井上孚麿によって痛烈に批判されている或る学者は、里見岸雄である。また里見に対する井上の批判は、象徴天皇制日本国憲法の改正限界から意図的に除外している
不愉快!臭いアカの憲法学のいわゆる憲法三原則(国民主権基本的人権の尊重平和主義)を信奉する違憲有効界改憲派学者の西修にも当てはまる。

 法の問題は「法理の筋を通して」処置するのが最小限度の要件であり、殊に憲法は法中の法であるから、憲法問題の解決には、常に法理論が好悪論や得失論や便宜論に先行する必要がある。この井上の言葉は至言である。

 政治勢力が法理論より好悪論や得失論や便宜論を優先することができるなら、政治勢力は自分たちの好む政策ために、あるいは自分たちの利益のために、猫の目ように転々と変わる世論や国民の感情に迎合して得票を増やすために、いくらでも憲法を無視し、違憲行為を犯してもいいことになる。それを糾すべき憲法学者までもがそれを正当化すれば、我が国の立憲政治は終焉である。

 小泉内閣の企てた皇室典範の改悪と戦ってきた人々にとって、遅れてきた小林よしのりの女性女系(正確には我々臣民と同じ雑系であるが)容認論は、うんざりするほど既視感タップリの詭弁である。

 同じく暴力団GHQ製の日本国憲法有効論と戦ってきた人々にとって、遅れてきた谷田川惣の無効論批判と有効改憲支持論は、うんざりするほど既視感タップリの妄論なのである

 およそ戦いに身を投ずる者は、分野を問わず、休戦後、必ず戦いの軌跡を正確に分析し、敗因を克服し勝因を継承し、次の戦いに備えなければならない。

 憲法改正論争および憲法効力論争は法戦である。暴力団GHQ製の日本国憲法が諸悪の根源と考える者、日本国憲法の打倒を志す者は、谷田川惣を反面教師として、戦後日本の法戦史でもある
現憲法無効論―憲法恢弘の法理(1975年)を熟読玩味し、暴力団GHQの手先と化した違憲有効界に蠢く無数の魑魅魍魎たちと戦い続けた勇気ある先覚者-井上孚麿の叡智と不撓不屈の精神を十分に吸収してから、法戦に臨むべきなのである。

戦国武将 上杉謙信が家庭の守護神として大人気!
戦国武将フィギュア 上杉謙信
「ものども、天晴れな勇者、井上孚麿に続け!今こそ違憲有効界の魑魅魍魎どもを薙ぎ払い、マッカーサー占領軍憲法体制を打ち倒せ!」

 

カテゴリ: 政治も  > 社会政策    フォルダ: 憲政史の真相

トラックバック(0)

 

関連ニュース

鳩山ルーピー基準を政治思考に導入すべし!石原新党は保守ではない ニュース記事に関連したブログ

2012/02/06 23:00

 

 2011年3月11日以後の我が国は、東日本大震災と同等以上の自然災害の発生を想定して、あらゆる危機克服体制を構築しなければならならい。

 これが過去の反省を踏まえ、過去の教訓を活用する賢明な政治であるならば、今後の我が国は、2009年9月の鳩山由紀夫民主党内閣の発足と同等以上の政治災害の発生を想定して、あらゆる危機克服体制を構築しなければならないはずである。

 左翼政党から皇室の尊厳と伝統を守り、国民の生命財産を守り、日本国の独立と生存と光栄を守り抜く政治制度を予め構築しておく者が保守主義者であり真正の保守政党である。


 もし鳩山民主党が2009年8月の衆院選に大勝したとき、○▼×であれば日本はどうなっていたか?

 ○▼×を導入した後、もし鳩山級のルーピーを党首として擁立する左翼政党が、巨大な大衆洗脳力と世論誘導力を持つマスコミとくにテレビの全面的な支援を得て、詐欺フェストを用い、多数の有権者を欺き、公選議院の選挙に大勝したら、日本はどうなるか?

 有権者が自分の政治思考に以上のような鳩山ルーピー基準を導入して、各政党の掲げる政策の是非を検討すれば、各政党の本質がよくわかる。

 上の○▼×首相公選制、国会一院制憲法改正要件(必要条件)の引き下げを当てはめれば、これらの政策は絶対に不可であることに気づく

 とくに首相公選制+国会一院制憲法改正要件の引き下げ(たとえば国会の総議員の五分の三以上の賛同)が実現した後に、鳩山級のルーピーを党首として擁立する左翼政党が、巨大な大衆洗脳力と世論誘導力を持つマスコミとくにテレビの全面的な支援を得て、詐欺フェストを用い、多数の有権者を欺き、国会の選挙に大勝したら、日本国を解体する闇法案が怒涛のごとく国会を通過し、日本国は確実に死を迎える

 ゆえに日本国を殺したい国内外の反日勢力に操られる日本のテレビ局は、もっと酷い狂気の偏向捏造虚偽歪曲報道を繰り広げ、鳩山-菅-野田民主党のごとき反日左翼政党に、国会の五分の三以上の議席を獲得するほどの国会選挙の大勝をもたらそうと躍起になるに違いない。

 自民党あるいは石原新党あるいは維新の会が次期総選挙で大勝し、我が国の伝統である皇位の男系継承を維持するための旧宮家の皇室復帰を実現しても、日本国憲法第二条が存在する限り、皇室の家法である皇室典範は、皇統の断絶と皇室の廃絶を目論む中共系朝鮮系反日左翼勢力の干渉を受け続ける

 とくに日本国憲法第二条に首相公選制+国会一院制憲法改正要件の引き下げが加わった後に、鳩山級のルーピーを党首として擁立する左翼政党が、巨大な大衆洗脳力と世論誘導力を持つマスコミとくにテレビの全面的な支援を得て、詐欺フェストを用い、多数の有権者を欺き、国会の選挙に大勝したら、必ず左翼政党は皇室典範の改悪を企むだろう。

 ゆえに我が国の伝統である万世一系の皇統(男系)を保守するには、皇室の原状回復すなわち旧宮家の皇室復帰と皇室自治の回復以外に無い。しかし自民党も石原新党も産経新聞も日本国憲法第九条の改正を主張しても、日本国憲法第二条の改正を主張しない。

 たとえ鳩山級のルーピーを党首として擁立する左翼政党が、巨大な大衆洗脳力と世論誘導力を持つマスコミとくにテレビの全面的な支援を得て、詐欺フェストを用い、多数の有権者を欺き、公選議院の選挙に大勝しても、なお左翼政党から皇室の尊厳と伝統を守り、国民の生命財産を守り、日本国の独立と生存と光栄を守り抜く政治制度を予め構築しておく

 これを行う者が保守主義者であり真正の保守政党だろうに、現在の我が国では憲法第九条の改正による国軍の保持を熱心に主張する者ほど、なぜか将来に生起する内政上の最悪危機を想像する能力を欠いている。今まさに彼等の眼前で鳩山-菅-野田民主党という最悪の政治災害が猛威を振るっている中、参議院の存在が辛うじて民主党の暴政から日本国を守っているというのに

 伊藤博文の座右の書
ザ・フェデラリスト第62篇上院の構成は次のように言う。

「立法部の第二院としての上院は、第一院とは明確に区別されるとともにそれと権力を分割しているので、あらゆる場合において、政府への健全な抑制となるにちがいない。

 もし第二院がなければ一院の野心や腐敗だけで事足りる、権力簒奪や背信の企みにおいて、二つの独立の議院の同意を必要とすることにより、立法部は、人民のための予防措置を二倍にしているのである

 これは、きわめて明確な原理にもとづいた予防策であり、いまや合衆国では十分に理解されているので、それについて敷衍する必要はないであろう。」


 詐欺集団の鳩山-菅-野田民主党が政権与党であるという最悪の政治災害に苦しめられている日本国民は上の言葉を肝に銘じ
アメリカを近代国家につくり上げた天才政治家の生涯を学ぶべきである。

<関連ページ>

民主主義の弊害は亡国の思いつき政治
余りに幼稚な衆参対等統合一院制国会実現議員連盟の役員たち

・健忘症の予防に【送料無料】健康応援団お徳用DHA

左翼政党から皇室の尊厳と伝統を守り、国民の生命財産を守り、日本国の独立と生存と光栄を守り抜く政治制度を予め構築しておく者が保守主義者であり真正の保守政党である。

 

 

カテゴリ: 政治も  > 政局    フォルダ: 政治の全般

トラックバック(0)

 

関連ニュース

ゴジラが日本の領海に浮上した時の政府の権限(帝國憲法第七十條)-明治流憲法学奥義秘伝の原稿 ニュース記事に関連したブログ

2012/02/05 11:00

 

 大日本帝國憲法起草者の一人である金子堅太郎から帝國憲法のコメンタリー「憲法義解」の英訳を贈られたマサチューセッツ州の大審院判事オリバー・ウェンデル・ホームズ(元ハーバード大学教授、金子堅太郎の師、のちにアメリカ連邦最高裁判所判事)は帝國憲法を次のように評した。

「この憲法は予の観察する所によれば、古来専制の君主権を制限して人民に参政の権利を与えられるものなり。其の之を制限し其の之を付与するに付きこの憲法は明に君主権を制限する箇条を示し、また詳らかに人民に附与せし権限をも明文に記載せり。而して其の不文に属し明瞭に記載せざるものは往古の如く悉く天皇の旧来継承せらるる大権に属するものなりとの主義を採るて起草せられたるが如し。

 そもそも憲法政治とは一国の政治を処理する機関の配置及び権限を明確にし、之を主管又は執行する軌轍を明示し、その確定したるものは天皇といえども濫りに之を変更することを得ざるの政体を云う。而して其の機関の中において人民もまた政治上に参与するの権限を得たるの政体を云う。

 然れども其の参政の程度及び権限は広狭は各国古来の歴史習慣等によりて定まるべきものなり、故に甲国においては参政の程度広大にして乙国においては其の区域の狭小なるものあり。これ全く各国の習慣及び歴史より生ずるものなり。これ憲法に付いては一定の原理なき証拠なり。

 然れども其の参政の区域の広狭に拘らず憲法を以て帝王の専横を検束し、人民に参政の権利を与えたる政府なれば之を称して立憲政府と云わざるを得ず。日本憲法はこの理を看破せられたるものと予は断言せんと欲す。  

 又日本憲法は天皇の大権のある部分を拘束して本年よりは日本人民に政治上の生命を与えられ、而してこの政治上の生命は古来いまだかつて存在せざるものなり。この政治上の生命あれば即ち其の政府を称して立憲政府と謂わざるを得ず。日本政府においてこの論理を採用せられたるは予がもっとも感服する所にして、賢明なる政治家の所為と言わざるを得ず。」(金子堅太郎著
憲法制定と欧米人の評論1938年

 憲法は「一国の政治を処理する機関の配置及び権限、之を主管又は執行する軌轍」の中でも特に非常事態において国家の存立と国民の生命を守るための政府の権限とこれを行使するための手続きを明示しなければならない。非常時の政府は国家的な危機を克服するために平時の政府より強大な権限を行使せざるを得ないからである。憲法がそれに一定の歯止めをかけることこそ立憲政治である。
 
 帝國憲法第七十條の「帝國議会の召集不可能時の緊急の需要ある場合における勅令に依る財政上必要の処分」は立憲政治の模範である。

 政治家を志す日本の若者は、「日本をカエル」とか「ミーンィの尊重」とか叫ぶ前に、帝國憲法を学から、枢密院帝國憲法制定会議に結集した偉大な明治の先人たちの叡智や政治哲学をすべて吸収すべきであると思う方は、はじめにブロガーへ執筆意欲を与える
一日一押人気ブログランキングをクリック願います。

枢密院帝國憲法制定会議帝国憲法草案第七十條 國家の危難を避くる為に緊急の需用ある場合に於て内外の情形に因り 政府は帝國議会を召集すること能わざるときは勅令に依り財政上必要の処分を為 し國債を起し又は臨時に新税を課することを得 前項の場合に於ては次の会期に於て帝國議会に証明し其の将来に法律の効力を要するものは議会の承認を求むべし。

【枢密院に提出された第七十條注解】

 本條の解釈は既に第八條に具わる。故に本條に於ては独逸各邦の同一又は類似の 條文を引載し参考となすを以て足れりとすべし。

 本條の第八條と異なる所の者は、第八條は憲法に於て議会開会せざるときは臨時会の召集を要せず、本條は議会開会せざるときは臨時会の召集を要し、而して内外の情形に由り臨時会を召集し能わざるときに限り、始めて議会の叶同(註、 キョウドウ-叶は、多くの人々の言葉と言葉が調和するの意味を表す。協の古字 )を待たずして必要の処分を施すことを得。蓋し本條は専ら財政に関るを以て更 に一層の慎重を加ふるなり
 
 本條に所謂財政上必要の処分とは、立法議会の承認を経べき者にして、而して 臨時緊急の場合の為に承認を経ずして処分するを云う。即ち会計法に定めたる定期証券を額外に増発し、又は紙幣を増発するの類を云うなり。

 全二項に於て、政府臨時の処分、及一時の徴税は其の会計を議会に証明するに 止まり、承認を要するの限に在らず。但し租税に係る勅令にして永久に施行する 経常税の効力を有せしめ、及國債の勅令に就て将来國庫の為に義務を生ずるが如きは、更に議会の承認を求むるを要す。

【枢密院に提出された第七十條参照】

巴威爾(バイエルン)第七條 國王は非常なる外部の事状に由て國会が翌年の為の新定の予算を 付予すべき会期の当年に召集することを妨げらるるときには仍前年度の租税を六 箇月間引続き徴収するの権利を有す。

第十五條 非常の場合に於て外事の危迫に由り不得已(註、やむをえず)國債の募集を要し而して外部の時情國会を召集すること能わざらしむるときは常置委員 は國会の名に於て募債前諾を予うるの権利を有す。國会の召集を得る場合に至れば直に募債に係る一切の商議を報告して國債台帳に記入すべし。

巴丁(パーデイ)第六十三條 開戦準備の際に於て又は交戦の間に於て大公は連邦の義務を迅 速に且つ有効に履行する為に國会の承認を受けずして國債を起し及び戦税を課することを得。此の場合に於て國会は下に掲げたる監督及共同行政の権を行う。

索遜(ザクソン)第百五條 政府は國会の承諾なくして有効に國債を募集することを得ず。至急を要する場合に於ては両議院の臨時会を開かむべし。若し臨時会を開くこと を得ざるときは國王は内閣の責任を以て國債を命令す。但し成るべく速に之を承 認する為に國会を召集すべし(一八五一年改正の條)

 明治の自由民権運動を代表する交詢社系の郵便報知新聞社説私考憲法草案と交詢社の私擬憲法案に帝國憲法第七十條に相似する規定は無い


 帝國憲法草案第七十條は、枢密院の審議によって「公共の安全を保持する為緊急の需要ある場合に於て内外の情形に因り政府は帝國議会を召集すること能わざるときは勅令に依り財政上必要の処分を為すことを得 前項の場合に於ては次の会期に於て帝國議会に提出し其の承諾を求むるを要す」と修正された。この修正案が明治天皇の御裁可を得て帝國憲法第七十條となった。

 天皇の政府が緊急勅令を発して財政上の必要の処分を行い、これを次の会期の帝國議会に提出したものの、議会の承諾を得られなかった場合はどうなるのか。伊藤博文の大日本帝国憲法義解第七十條は次のように解説している。

 「臨時財政の処分にして将来に國庫の為に義務を生じる者、もし議会の事後承諾を得ざるときは、何等の結果を生ずべきや。蓋し議会の承諾を拒むは将来に続行するの効力を拒む者にして、其の既に行える過去の処分を追廃するに非ず(第八條の説明既に之を詳にす)。故に勅令に依り既に生じたるの政府の義務は議会これを廃すること能わず。

 そもそも若しここに至らば、國家不祥の結果として視ざることを得ず。これ本條の國家の成立を保護する為にやむを得ざるの処分を認め、又議会の権を存崇して尤も慎重の意を致す所以なり」
 

 緊急勅令による臨時財政上の必要の処分、たとえば戦費調達のための止むを得ない外債の発行あるいは外国製武器の購入から生じる政府の支払い義務は、臣民の租税負担を加重するにもかかわらず(今日の管理通貨制度では必ずしもそうではないが)、臣民の代表機関である帝國議会は外國に対する政府の支払い義務を廃止し得ない。

 ゆえに帝國憲法上、政府が議会の事前承認を経ずに既存の法律を改廃する緊急勅令(第八條)を発するための要件(必要な条件)より、議会の事前承認を経ずに臨時財政上の必要の処分を行う緊急勅令(第七十條)を発するための要件が厳しくなっているのである。

 従って大日本帝國(帝國憲法を最高法規として戴く日本)では、たとえ帝國議会の閉会中にマリアナ海溝からゴジラが日本の領海に浮上しても、宇宙から
アンゴル・モアが日本の領空に降臨しても、帝國議会の召集が可能な限り、日本政府は、緊急勅令に依る臨時財政上の必要の処分を実行してはならず、日本國防軍にゴジラとアンゴル・モアを迎え撃たせるために必要な臨時軍事費を編成し、これを帝國議会臨時会に提出して衆貴両院の協賛(承認)を経なければならない。

 この帝國憲法第七十條は、ソ連共産党と国家社会主義ドイツ労働者党(略称ナチス)を真似た大政翼賛会の一党独裁を阻止し、近衛新体制運動を推進した尾崎秀実ら近衛内閣の革新政治幕僚たちの無法な野望を粉砕した救國の憲法条項の一つである。

 近衛文麿は、陸軍参謀本部の猛反対を恫喝してトラウトマン和平工作を打ち切り、「爾後国民政府を対手とせず之を抹殺する」の第一次近衛声明を発表した。近衛は長期戦を遂行するために止むを得ず国家総動員法発動と近衛新体制運動を推し進めたのではなく、上からの國内革新を実現するために、故意に支那事変を長引かせ、経済上の困難が甚だしきに至る非常事態を日本國内に作り出したのである。

 しかしながら日本国内に戦傷者と失業者と餓死者が溢れ経済が破綻するほどの戦争状態、あるいは大規模テロ、あるいは自然災害といった凄惨な非常事態が発生しても、帝國議会の召集が可能な限り、日本政府は予算案を編成し、これを帝國議会に提出して、衆議院代議士と貴族院議員の審議と批判と議決を仰がなければならない。

 ゆえに大政翼賛会が成立した直後の第七十六回帝國議会では、近衛内閣は両者から猛非難を浴び、大政翼賛会は大幅に予算を削減され、政府の補助組織に転落したのである。つまり「ヒトラーのナチス独裁党の誕生を許すワイマール共和国の欠陥が明治憲法にはなかった」のである(中川八洋著
近衛文麿とルーズヴェルト―大東亜戦争の真実133ページ)。

 ところが自民党長老の中山太郎をはじめ
シェイエスの革命的制憲論にかぶれた連中の「民定にあらずんば憲法にあらず」という憲法観によると、大政翼賛会の一党独裁を阻止した大日本帝國憲法は憲法ではなかったということになってしまう。

 この狂った憲法観にとりつかれた政治家は、帝國憲法を無視し或いは軽蔑するので、彼等の憲法論は蛙鳴蝉噪(あめいせんそう、カエルの鳴き声とセミの鳴き声、つまらぬことをグダグダと述べている文章、つまらない議論という意味)となるのである。

<関連ページ>

菅直人が嘲笑される理由-日本国憲法第54条と災害基本法第109条

読み易くなりました!金子堅太郎が信奉した新訳フランス革命の省察-保守主義の父かく語りき日本人のとにかく思いつきで変える病ふらふらを治癒します。

民主党に騙されない賢い有権者を育てます
学者の知らない伊藤博文の座右の書

オレたま―オレが地球を救うって!?
オレたま 1―オレが地球を救うって!? (ジェッツコミックス)

 政治家を志す日本の若者は、「日本をカエル」とか「ミーンィの尊重」とか叫ぶ前に、帝國憲法を学から、枢密院帝國憲法制定会議に結集した偉大な明治の先人たちの叡智や政治哲学をすべて吸収すべきである。

 

カテゴリ: 政治も  > 社会政策    フォルダ: 大日本帝國憲法の真髄

トラックバック(0)

 

関連ニュース

谷垣禎一自民党総裁が無視した大日本帝國憲法の租税法律主義(第六十二條)-明治流憲法学奥義秘伝の原稿 ニュース記事に関連したブログ

2012/02/02 23:00

 

 天皇の政府が臣民に対して新に租税を課し或いは税率の変更を行う際は、必ず法律でそれらを定めなければならない(帝國憲法第六十二條)。ゆえに衆議院が政府の増税計画に反対し、新規の課税と税率の変更を行うための政府提出の法律案を否決すると、政府は増税を行うための新規の課税と税率の変更を実施できない。すなわち帝國憲法第六十二條は法律事項であるがゆえに帝國議会の認可事項であり改正可能事項である。これを租税法律主義という

 日本人は帝國憲法第六十二條の立法趣旨を尊重し、国民を不幸のどん底に陥れるデフレ不況下の消費税の引き上げに反対すべきである。

枢密院帝國憲法草案第六十二條 新に租税を課し及税率を変更するは法律を以て之を定むべし 國債を起すは帝國議会の承認を経べし

【枢密院に提出された第六十二條注解】

 新に租税を課し及び税率を変更するに当りて、議会の承認を必要とし、之を政府の専行に任せざるは、立憲政の一大美果にして直接に臣民の幸福を保証する者なり

 蓋し國家経費の源は租税に取る。故に臣民は國家の経費を弁給する為に、租税の義務を負担する者なり。然るに既に定まれる現税の外に新に徴額を起すに当て、臣民の生計と國家の必要とを比照して適当の程度を決定するは、専ら議会の公論に倚頼せざることを得ず

 故に本條において、新税は必ず議会の承認を経ざるべからざることを定めたり。若し此の有効なる憲法上の防範なかりせば、臣民の富資は永久の安固を保証すること能わずして容易に減耗の惨状に陥るべく、而して民利の増進、民業の発達は将来に冀望することを得べからざるなり

 租税は以て経常の國費を供給し、國債は以て特別の需要を補弁す。國債は将来に臣民の負担義務を約束し、一種間接の租税たる者なり。故に新に國債を起すには、必ず議会の承認を取らざるべからず。独り國債のみならず、凡そ将来に政府の法律上の負担たるべき資金は、皆此の類に属する者なり(補助、保証の類を云)。

 各個人の要求に依り、又は各個人に利益を予うる為に納完せしむる手数料にして、普通の租税と其の性質を殊にする貨幣鋳造料の類、及び私法上の明約又は黙約に属する郵便料、電信料、電話料、鉄道切符料、通川料、燈台料、入港料、水先案内料、倉庫料、学校授業料の類は、其の國費又は地方費の為に徴収するを問わず、総て法律の制定に依るべきの限りに在らざる者とす。但し郵便料、電信料は便宜に依り、各国に於て多くは法律を以て之を定めたり。

 若し夫れ、収税官、出納官又は官金取扱人において、法律の正條に依るの外に、手数料又は報酬を徴収するは、憲法の許す所に非ず。然して刑法の禁ずる所なり(刑法二百九十條)。

【枢密院に提出された第六十二條参照】

仏(千八百十四年)四十八條 一の租税も両院之を叶賛し國王之を裁可したるに有らざれば之を新設し及徴収すべからず
白(ベルギー)百十條 國税は法律に依るに非れば之を設くることを得ず
荷(オランダ)第百七十一條 法律に由るに非れば國庫の利益の為に國税を徴収することを得ず
丁(デンマーク)第四十七條 法律の力に依るに非ずして租税を設け或は之を変更し或は之を廃除することを得ず
巴(バイエルン)第七章第三條 國王は一切直税の徴収及新起の間税の賦課又は現在間税の増加変更の為に國会の承認を求むるを要す

(第二項参照)

瑞典(スウェーデン)第七十六條 王は議院の允准を得るにあらざれば内外において負債を起すことを得ず又新債を以て國の負担と為すことを得ず
普(プロイセン)第百三條 法律に由るに非ざれば國債を起すことを得ず○國の負担たるべき保証に於ても亦之に同じ
独(ドイツ)第七十三條 非常の需要ある場合に於ては帝國の法律を以て國債を起し又は帝國の負担を以て保証を與うることを得
巴(バイエルン)第七章第十一條 凡そ新に國債を起して現在の債額の元額又は年利を増加するには國会の承認を要す 

【自由民権運動を代表する交詢社系の明治十四年郵便報知新聞社説-私考憲法草案(カッコ内は交詢社の私擬憲法案)】 

第四十七條 総て租税に関する議案は本院に於て之を起草するを得又其議案は左院に於て之を修正することあるも本院之を再議し出席議員三分二以上の同意を以て之を決すれば其議決の左院修正と一致すると否とを問わず直ちに本院議長より上裁を仰ぐを得べし(第五十條 総て租税に関する議案は本院若くは内閣の他之を起草するを得ず又其議案は元老院に於て之を修正することあるも本院之を再議し出席議員三分二以上の同意を以て之を決すれば其決議の元老院修正と一致すると否とを問わず又直に本院議長より上裁を仰ぐを得べし)


 帝國憲法草案第六十二條は、枢密院の審議によって、「新たに租税を課し及税率を変更するは法律を以て之を定むべし 但し報償に属する行政上の手数料及其の他の収納金は前項の限に在らず 國債を起し及予算に定めたるものを除く外國庫の負担となるべき契約を為すは帝國議会の協賛を経べし」という三項から成る一條に修正された。この修正案が明治天皇の御裁可を得て帝國憲法第六十二條となった。

 2012年1月24日から開かれた国会において、自民党谷垣禎一総裁は、イギリスのマグナカルタ(これは君民協約憲法である)、アメリカの独立革命、フランスの人権宣言を挙げて、これら先人の積み重ねが日本国憲法第八十四条の租税法律主義であるといい、そこからこの租税法律主義と国民主権を結びつけて、主権者の国民に対する野田佳彦首相と民主党の背信行為を批判していた。

 しかし帝國憲法第六十二條は、租税法律主義が国民主権とは全く無関係であることを証明している。だからなのか国民主権を信奉する谷垣総裁は、先人たちの積み重ねとして帝國憲法第六十二條を挙げなかった。日本国憲法の制定は形式的に帝国憲法の改正であったにもかかわらず、谷垣総裁は日本国憲法第八十四條を解説するにあたり、伊藤博文や明治天皇をはじめ正に先人たちの積み重ねである帝國憲法を無視したのである。憲法改正に熱をあげている
自民党長老の中山太郎のふざけた憲法のみならず、谷垣総裁の質問演説にも、自民党の帝國憲法を無視する態度が現れている。

 それにしても谷垣禎一総裁のくどくて小難しい演説に比べて、
伊藤博文の大日本帝國憲法義解第六十二條解説は何と簡潔明瞭なことか。自民党議員が伊藤の第六十二條解説を引用し、

「憲法の規定する租税法律主義は、まさに国民の幸福を保護するためにある。故に我々政治家は、憲法の立法趣旨を尊重し、六重苦に喘ぐ日本経済を容易に更なる減耗の惨状に陥れ、国民を不幸のどん底に突き落とすデフレ不況下の消費税率の引き上げには、断固として反対するのである!!」

と演説すれば、自民党の支持率は少しは上がり、また帝國憲法に対する戦後世代の偏見と誤解も少しは解消するだろうに。

 野田佳彦首相が「それは帝國憲法第六十二條の立法趣旨であって、日本国憲法の話ではありません」と答弁したら、すかさず自民党議員が「日本国憲法第八十四条の立法趣旨は国民の幸福を保護することではないのか!?ならば日本国憲法第八十四条は帝國憲法第六十二條の改正条項ではないというのか!?」と反論して、野田首相を憲法効力論争に引きずり込めば、野田首相はまともに答弁できないだろう。


消費税は0%にできる―負担を減らして社会保障を充実させる経済学

 日本人は憲法第六十二條の立法趣旨を尊重し、国民を不幸のどん底に陥れるデフレ不況下の消費税の引き上げに反対するべきである。

 

カテゴリ: 政治も  > 政局    フォルダ: 大日本帝國憲法の真髄

トラックバック(0)

 

関連ニュース

尊皇を装う暴力団の手先に堕ちた違憲有効界の承詔必謹論者たち ニュース記事に関連したブログ

2012/01/29 23:56

 

 むかし世界の東のはずれに、日本という約1800年の歴史を持つ会社がありました。日本は日の出の勢いで発展しましたが、あるとき日本の労働組合に潜り込んだソ連という会社の工作員が経営陣に仕掛けたワナにはまり、創業以来初めて会社の存続を危うくするほどの大損害を被り、アメリカという巨大会社との競争に敗れました。日本はアメリカとパートナーシップ協定を結びました。

 それから間もなくソ連とつるんでいたアメリカから、GHQという経営コンサルタントが「日本の民主的再建」と称して日本にやってきたのですが、GHQはパートナーシップ協定を逸脱して日本を不法に占拠しました。GHQはさっそく契約書を作成し、それを民主的再建方針として日本の経営陣に突きつけました。

 契約書には、「日本は社員の安全と会社の存続をGHQに委託しなければならない」とか「日本は社内に独自の防犯設備を配置してはいけない」とか「日本はアメリカの社員をガードマンとして雇用しなければならない」とか「日本は会社の売り上げの二割をアメリカに上納しなければならない」とか、日本の定款と伝統にもパートナーシップ協定にも反する無理難題が山のように盛り込まれていました。

 当然のことながら日本の経営陣は契約書の内容を見て仰天し、GHQに幾度も抗議し幾度も契約書の変更を懇願しました。しかしGHQはそれらをことごとく拒絶し、「経営陣がこの契約書にサインしないというなら、日本が創業以来代々大切に受け継いできた皇室もろとも会社を爆破する」と経営陣を脅しました。

 GHQは経営コンサルタントを装った暴力団であり、しかもGHQにもソ連の工作員が潜入していたのです

 日本の皇室は日本が世界の中で稀有の老舗である証で、エンペラーという日本のブランド価値を維持するためには絶対に欠かせない唯一無二の社宝でした。日本の経営陣は苦悩しましたが、社宝を護り社員を守り会社を維持するために、最後にはGHQの脅迫に屈服し、断腸の思いで暴力団の契約書にサインし、契約書を会社経営の最高方針にしました。


 しかしそれから間もなくソ連とアメリカが争い始め、またアメリカは日本にGHQを送り込んで会社の民主的再建を強制したことを反省したため、GHQは日本から去っていきました。それからしばらくして、日本の法務部に所属する南出喜久治という弁護士が会社の経営陣に次のような提言を行いました。

GHQが日本を不法占拠していたときに、会社の経営陣に無理難題を要求してきたことは不可抗力であって、経営陣が暴力団の契約書にサインしたことは、暴力団から社宝を護り社員を守り会社を維持するための止むを得ない苦渋の決断であったから、非難には値しない、むしろ同情して余りある行為である。
 
 しかし一連の行為は明白に違法であるから、GHQの契約書は始源的に無効であり、会社の経営陣は速やかに契約書を破棄し、日本本来の定款と伝統に復帰して会社の再興を図るべきだ。暴力団の契約書が会社の経営を狂わせ、会社の存続自体を危うくしている。

 

 このままでは日本は社員の生活と安全を守れないばかりか、社宝の皇室を失いかねない。暴力団の契約書を会社経営の最高方針として有り難く押し戴き、これに従い続けるなどという愚行はもう止めるべきだ。」

 ところが日本の出版部に所属する谷田川某という売り出し中のライターが南出喜久治弁護士の提言に対して次のような反論を行いました。

「日本の経営陣は暴力団のGHQから社宝を護り社員を守り会社を維持するために暴力団の契約書にサインし、それから今日まで日本は暴力団の契約書を会社経営の最高方針として甘受してきたのである。

 

 従って一連の行為が違法であっても日本はこの現実を受け入れて暴力団の契約書は無効というべきではない。暴力団の契約書に従う経営が会社の存続を危うくしているなら、日本は暴力団の契約書に従い、その契約書の内容を少しずつ改正すべきである。」

 谷田川某なるライターは著しくリーガルマインドを欠いており、殆ど暴力団の手先です。また暴力団の契約書に従って契約書の内容を改正することに付きまとう弊害と危険に全く気づいていません。このような人物が読者に「法の支配を尊重せよ」とか言っても全く信用に値しません。

 そもそも幣原内閣がGHQ製の日本国憲法草案を受諾し、帝国議会が日本国憲法草案を可決し、昭和天皇が日本国憲法草案を裁可され、吉田内閣が日本国憲法公布の詔書に副署(同意のサイン)したのは、いったい何のためだったのか。

 それはひとえにGHQの暴力から皇室を護り国民の生命を守り日本国を存続させるためであった。「皇室を護り国民の生命を守り日本国を存続させること」、これが昭和天皇をはじめ彼等の目的であり、念願であり、当時の意志であった。だから日本国憲法無効・帝国憲法復原増補(改正)論は、彼等の遺志に適いこそすれ、彼等の遺志に全く反しない。

 

 ところが違憲有効界の承詔必謹論者は日本国憲法無効・帝国憲法復原増補(改正)論を昭和天皇の御遺志に反するものとして拒絶するのである

 意図的なのか或いは無意識的なのか判らないが、承詔必謹論者は「皇室を護り国民の生命を守り日本国を存続させる」という目的を達成するための止むを得ない苦渋の非常手段であった「GHQ製の日本国憲法を受諾すること」それ自体を、あたかも昭和天皇の御遺志に摩り替えて、日本国憲法無効・帝国憲法復原増補(改正)論に反対し、国際法違反にして帝国憲法違反であるGHQ製の日本国憲法を最高法規として有効というのである。

 GHQ民政局員フランク・リゾー大尉の回想によれば、ダグラス・マッカーサーは、彼自身が行った日本改造がより長続きすることを熱望していたという。 

 違憲有効界の承詔必謹論者は尊皇を装ったGHQ系暴力団の手先であると言わずして何というのか。まるで承詔必謹論者は菊の御門を掲げて騒音公害を撒き散らす街宣右翼ではないか。彼等はマッカーサーの遺志を継承しているのである。

 

・遂に復活皇紀二千六百年奉祝楽曲集R.シュトラウス美しい音楽こそスーパー日本人を育てる適才教育の鍵です!
皇紀二千六百年奉祝楽曲集 [R.シュトラウス/ピツェッティ/イベール/ヴェレシュ] 玉音放送 (Festmusik zur Feier des 2600 jahrigen Bestehens des Kaiserreiches Japan op.84 etc) (2CD)

日本国憲法無効宣言>改憲・護憲派の諸君!この事実を直視せよ

GHQという経営コンサルタントが「日本の民主的再建」と称して日本にやってきて、日本を不法に占拠したことについて
↓↓↓
・占領憲法第9条の精神は日本人に対すると虐めと嬲り-
連合国の犯したポツダム宣言違反

暴力団の契約書に従って契約書の内容を改正することに付きまとう弊害と危険について
↓↓↓
日本国憲法有効論の弊害1次項有
歴史を偽造する魑魅魍魎の跳梁跋扈

日本国憲法有効論の弊害2次項有法戦不能に陥る日本の悲劇 

日本国憲法有効論の弊害3次項有
マスコミ煽動の餌食-欠陥国会議員が行う憲法改正の危険性

日本国憲法無効・帝国憲法復原増補(改正)論は、昭和天皇の御遺志に適いこそすれ、全く反しないことについて
↓↓↓
・エセ民族派が行っている最悪の天皇利用-
天皇の発言と憲法の効力、昭和天皇と憲法改正 

・なぜ占領憲法無効・正統憲法復原増補(改正)でなければならないのか
↓↓↓
・平和憲法の正体を暴く名著-
現憲法無効論 憲法恢弘の法理(井上孚麿著)

戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」―二段階革命理論と憲法
戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」―二段階革命理論と憲法

GHQの術中にハマっている違憲有効界の承詔必謹論者は、日本の再興を訴える前に自分がGHQの術中から抜け出せ!それが日本の再興だ。

 

カテゴリ: 政治も  > 政局    フォルダ: 憲政史の真相

トラックバック(0)

 

関連ニュース